大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(行ツ)54号 判決

上告人

熊谷達

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

鈴木利治

近藤登

被上告人

野辺地町

右代表者町長

安田貞一郎

右訴訟代理人弁護士

祝部啓一

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人秋山昭八の上告理由について

本件記録によれば、上告人の本訴請求は、(1) 上告人は、昭和五四年五月一日野辺地町議会の議員となり、同月九日同議会の議長となつたが、同議会は、昭和五五年七月一二日上告人を除名する旨の議決(以下「本件除名処分」という。)をした、(2) 上告人は、同月二三日青森県知事に対し、本件除名処分の取消しを求めて審決を申請したところ、同知事は、同年一〇月一八日本件除名処分を取り消す旨の審決をした、(3) 一方、同議会は、同年七月二六日議長が欠けたとして改めて議長選挙を行い、古沢磯吉を議長に選出した、(4) 被上告人は、古沢磯吉が新たに議長に選出されている以上、上告人は右審決により議員の職を回復するにとどまり議長の職まで回復するものではないとして、同年八月一日以降上告人に対し、一般の議員の報酬(月額一一万円)のみを支給し、議長たる議員の報酬(月額一三万八〇〇〇円)を支給しない、(5) しかしながら、上告人は、右審決により同議会の議長の職を回復したものであり、本件除名処分時にさかのぼつて議長たる議員の報酬の支払を請求する権利を有する、(6) よつて、上告人は、被上告人に対し、昭和五五年八月一日から議長の任期の終了時である昭和五八年四月三〇日までの一般の議員の報酬と議長たる議員の報酬との差額(月額二万八〇〇〇円)を支払うよう求める、というものである。

原判決は、本件訴えが不適法であるとして、これを却下した。

しかしながら、上告人の本訴請求は、普通地方公共団体である被上告人に対し、議長たる議員の報酬の支払を求める請求、すなわち金銭の給付を求める請求であり、また、右請求の理由である、青森県知事がした本件除名処分を取り消す旨の審決により上告人は野辺地町議会の議長の職を回復したものであるとの主張の当否を判断するに当たつては、右議会が除名処分から審決までの間に行つた後任議長の選挙の効力について触れざるをえないが、選挙の手続の適法性や投票の効力を問題にする必要はなく、右審決の効力との関係で右選挙の効力がどうなるかという一般的な解釈を行えば足りるのであつて、その限度で選挙の効力について触れても、地方議会の選挙について争訟資格及び争訟手続を定めている地方自治法一一八条及び一七六条の各規定の趣旨に反し、議会の自律権を不当に侵害することにはならないものというべきであるから、本訴請求は裁判所の審判の対象となりうるものであり、本件訴えは適法であるというべきである。

したがつて、本件訴えを不適法として却下した原判決には、法令の解釈を誤つた違法があるものといわなければならない。もつとも、上告人の本訴請求がその主張自体から棄却されるべきことが明らかなものであるとすれば、原判決を破棄して上告人の控訴を棄却するのが本来ではあるものの、いわゆる不利益変更禁止の法理により原判決の結論を維持するほかないから、右の違法は判決の結論に影響を及ぼさないこととなる。そこで、上告人の本訴請求がその主張自体から失当なものであるかどうかを検討することとする。

思うに、市町村議会の議長たる議員が、右議会から地方自治法一三四条一項及び一三五条一項四号の規定に基づく除名の処分を受け、同法二五五条の三の規定に基づき都道府県知事に対し右除名処分を取り消す旨の審決の申請をし、右知事が同法二五八条及び行政不服審査法四〇条三項の規定に基づき右除名処分を取り消す旨の審決をした場合、右審決は右除名処分が当初からなかつたのと同じ状態を現出する効力を有するものであり、右議員は議員の職とともに議長の職をも回復するものと解するのが相当である。そして、この理は、右議会が除名処分から審決までの間において選挙により新たな議長を選出したときも変わらないものというべきである。右議長選挙は、除名処分が有効であることを前提として行われたものであり、除名処分が取り消された以上、その根拠を欠くことになり、効力を失うと解せられるからである。もし、右議長選挙が除名処分を取り消す審決によつてもその効力を失わず、除名処分を受けた議員が議長の職を回復しないものとすれば、議長選挙に参加することもその効力を争うこともできない右議員の権利救済に欠けることになるのみならず、地方自治法の予定しない議会の議決による議長の解職を実質的に認めることになるという、不当な結果を招くものというべきである。

そうすると、右の議長たる議員は、除名処分を取り消す旨の審決により、除名処分時にさかのぼつて議長たる議員の報酬の支払を請求する権利を当然に回復するものというべく、当該市町村は右報酬を支払う義務があるものといわなければならない。

以上の次第で、上告人の本訴請求は、その主張事実の認められる限りは正当なものというべく、原判決の前記違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、本件を原審に差し戻すべきである。

なお、原判決主文第一項は、当審において同項に係る訴えが取り下げられたことにより失効した。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官長島敦)

上告代理人秋山昭八の上告理由

原判決は四丁裏下二桁目より五丁表上四桁目の間において「議会が議長たる議員に対し、懲罰処分としてこれを除名し新たに後任議長を選挙したうえ、その選挙が法定の争訟手続によつて争えなくなつている以上、後に右除名処分が取消され或は無効と判断されるに至つても当該懲罰の被処分議員は議員たる身分を回復するだけで、議長の職に復帰することは、法律上ありえないことといわなければならない。この理は、議長の法的地位、性格から当然に導びかれる結論というべきである。」旨判示し、更に五丁裏上一桁目より五桁目の間において「議長報酬の支払請求は、通常、行政訴訟により、議長の地位を確認することによつて、その目的を達するものであるところ、本件の場合、その議長の地位確認請求自体、訴の利益を欠き不適法として許されないものであるから、控訴人が除名処分によっても議長の地位を失わなかつたことを前提として、その議長報酬の支払を求める訴もまた不適法であつて、却下を免れない。」旨判示して本件各請求を却下しているが右は法令の解釈を誤つた違法があり到底取消を免れないものである。

第一、原判決は議長の地位確認請求の訴の資格を認めたものである以上法律上議長の職に復帰することはありえないとすれば結局、本案の理由がないことに帰し棄却の判決をなすべきものであり、まして議長報酬の請求については正に請求権のないことを理由として本案判決をすべきものであつて本案前の判決をなした原判決は訴訟法の解釈を誤つたものと云うべきである。

第二、原判決は除名処分が取消されても後任議長が選挙され、その選挙が争えなくなつている以上議長の職に復帰することはありえないとしその理由は議長の法的地位性格から当然に導びかれる旨判示するに止まり、それ以上特段の理由を示さないのは理由不備の違法があるのみならず、法令の解釈を誤り、且つ最高裁判所判例の解釈適用を誤つたものという他はない。

(1) 即ち除名処分が取消された結果、議員たる身分はもとより議長たる地位を回復すべきは当然であつて後任議長の選挙はその事由を欠くに至り無効に帰するものである。

而して最高裁判所昭和三一年一〇月二三日判決は、新村長が選挙せられその効力が確定した後における前村長不信任議決の無効確認を求める訴の利益について判示したものであつて、本件のような町議会の議長選挙と同一に論ずることはできない。すなわち、右判決が「公職選挙法に定める選挙または当選の効力は、同法に定める争訟の結果無効となる場合のほか、原則として当然無効となるものではない。」と判示する理由は、新村長の地位は村民の直接選挙により村民の意思によつて就任が確定したもので、それを覆すことは自治制度の趣旨に反すると考えられること、並びに前村長において他に不服申立方法(救済手段)があるにもかかわらずそのような不服申立をしなかつたという事情を考慮したものと解されるところ、本件のような町議会の議長選挙においては、住民の直接選挙によるものではないから、右の配慮を必要としないばかりか、議員を除名された議長については地方自治法第一一八条第一項に基づく投票の効力に関する異議の申立をすることができないと解されており、他に有効な不服申立方法もないのであるから、右判決の趣旨を踏襲したと思料される原判決は失当である。

(2) すなわち右最高裁判決は新村長の選挙に対し異議のあるものは選挙訴訟を提起し得べきであるにもかゝわらずこれをせず、当選が確定した以上前村長不信任議決無効確認を求める訴の利益はない旨判示しているのであるが、確かに村長の当選の効力、選挙の効力について異議を申し出ることができるものは、選挙人又は公職の候補者であることになつており(公職選挙法二〇二条、二〇六条参照)前村長もまた異議を申立てることを得べきものであるところこの手続をせず当選が確定した以上最早やその効力を云々しえないとしてもやむを得ないと云うべきかもしれない。しかるに議長の選挙について異議を申立て得るものは当該議会の議員で議場にいるものに限定されているのであつて(地方自治法第一一八条昭和二五年一一月一七日行政実例投票の効力に関する異議の申立ては、投票直後から次の議題に入いるまでに行はなければならない)既に新議長の選挙の際には先に議員除名の決議によつてその身分を失つている議員は、適法な異議の申立て、従つて出訴をすることはできなかつたものでありその後の除名決議が取消され議員たる身分を回復したときには既に異議申立期間は満了していたものであるから、同様適式な異議申立をなし得ず、結局新議長の当選を争い得る手段はなかつたものであり、権利を侵害された本人自身による救済方法に欠ける結果となる。

(3) 因みに行政不服審査法第三四条にもとづく執行停止の申立についてはとりわけ上級行政庁以外の審査庁は簡単に執行停止をすべきでないと解されており、この制度があるからといつて直ちに救済措置がとられるべきものでもないのである。

参考判例

① 仙台高裁昭和二七年九月四日決定行裁集三巻九号一七九九頁

決定要旨 町議会の議長である議員に対して除名決議がなされ、右除名決議取消訴訟の判決確定前に後任議長が選任される可能性があるとしても、これをもつて直に除名処分の執行により償うことのできない損害を避けるため処分の執行を停止すべき緊急の必要がある場合に当るものということはできない。

② 福島地裁昭和二七年三月一四日決定

行裁集三巻九号一七九六頁

決定要旨 地方自治法第百三十五条二項が、議会における議員の除名の議決には議員の三分の二以上の者が出席し、その四分の三以上の者の同意がなければならないと規定して特に手続の慎重を期している以上右手続を経て成立した除名処分については相当の納得すべき事情が存在しない限りその執行を停止すべきものでない。

③ 仙台地裁昭和四二年三月二九日決定

行裁集一八巻三号三五六頁

市議会の議員除名処分に対する執行停止申立につき、議員の公的活動の基盤は議会であつて、除名は議会が内部的規律権をもつて法定の慎重な手続に則りその構成員の資格を剥奪するものであるから、単に除名により議員活動ができないことから必然的に公的損害の発生が予測され、かつこれを避けるため議員活動をなさなければならない緊急の必要性があるものとは速断しえない。

(4) 因みに村長等についてはこれが不信任決議の制度は地方自治法によつて認められているところであるが、議長不信任決議の制度は法上これを認められていないものであるところ万一原判決の如く議長たる議員の除名決議が取消されても議員たる身分は回復しえても議長たる地位は回復しないとするときは結局、議長不信任決議を認めると等しい結果を惹起するものであつて地方自治法の制度に反する結果を生来することになる。

以上の次第であつて新村長の当選と旧村長の不信任議決無効確認の利益に係る前記最高裁判決に則り、これとおよそ法律上の諸制度を異にする議長のそれに係る本件事案について同様趣旨の判断をすることは全く法律の解釈を誤つたという他はないものである。

(5) なお前記最高裁判例が新町長選挙の効力についてそれが公選法に定める争訟の結果無効となる場合のほか、原則として無効となるものではないとした理由は、いわゆる行政処分の公定力の理論によるものではなく、選挙という行為に特有な合目的性(法的安定性)の要請並に新村長の当選または選挙の効力を争う不服申立の手段等を考慮したものであるがそれらの事情が本件事案には全く不適切なる所以については既に詳述したとおりである。除名決議が取消されたことにより本来新議長を選挙すべきでないことになり結局新議長の選挙は無効に帰することとなり無効行政行為に公定力のないことは云うまでもない。

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